小さな村におりますと、どうも視野が狭くなってしまっていけません。
目の前には絶景のパノラマが広がってるというのに。これじゃ宝の持ち腐れ、豚に真珠、猫に小判、星空にサングラス。
広大な草原の向こうに美しく折り重なる山々の稜線、鮮やかな紫を放つヒゴタイの花。
生まれた時から当たり前にそこにあったもの。一歩引いて見直してみれば、これらはすべて村の宝。
生まれた時からずっと受け継いできたこと。だからこそその素晴らしさに気づかなかったこと。
そこをもう一度、見つめ直してみませんかというのがこの『うぶやま社子屋』という取り組みでございまして。
五十の手習いとは申しますが、今や人生百年。傘寿を迎えた先輩方がバリバリと畑仕事をこなしていらっしゃる姿を見るにつけ、六十だろうが七十だろうが手習っていいンじゃないかって。もちろん若者だって小さな子供だって同様で。
畦道の傍にある小さな祠、素通りしてしまうのもわかります。生い茂った藪に飲み込まれそうですもンね。こりゃ良くない。
そう、こりゃ良くないってンで、埋もれかけた村の歴史を掘り起こして、泥を払ってやりましょうってことなんです。
泥を払って綺麗になったら、それを今後も楽しんで、学んで、伝承していきましょうってことなんです。
受け継いだ伝統も、時代に合わせてカタチを変えていいんじゃないか。
より良い暮らしを手に入れるためには、今も昔も『学び』が必要でございます。
進歩や前進は異分野から生まれると申します。
帳簿が書けない商人は、番頭にはなれません。
計算ができず図面が引けない職人は、親方にはなれません。
持ってる宝は活かせばいい。猫は小判の使い道を覚えればいい。豚に真珠もこれまた然り。
これから始まるのは、先祖からの教訓、自然とともに生きる知恵、遊び、はたまた新しいビジネスや先端技術を、【農林業】【自然科学】【歴史文化】【食と健康】【経営経済IT】【芸術】【社会科学】と、七つの科目から学び取り、進歩を目指す村人たちが集まる『うぶやま社子屋』のお話でございます。